大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所直方支部 昭和46年(ワ)63号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、被告等の損害賠償責任の存否について。

<証拠略>によれば、

(一) 被告渡辺及び原告はいずれも被告会社に事務員として雇われていたものであるが、被告会社の直方集乳所の車庫が空いていたためここに居住していた被告渡辺に被告会社所有の本件加害自動車を同被告の通勤に利用させれば北九州八幡区の被告会社の本社から右車庫に加害自動車を収納するのに便利であることから、昭和四四年一月中旬ころより被告会社の総務部長の職にあつた訴外野原辰明は被告渡辺に右収納を目的として被告渡辺に通勤にこれを利用するよう命じた。

(二) 原告の住所は右直方集乳所の近くにあり、原告も被告渡辺も以前は電車で被告会社の本社まで通勤していたが、約一時間の通勤時間を要するのに被告渡辺が自動車収納も兼ねて加害自動車による通勤をするようになつてから通勤時間も三〇分と短く便利になつた。原告は被告会社の勤務上残業が多く毎月残業のない日は四、五日と少ないうえ残業は夜九時、一〇時迄に及び通勤の便が悪かつたことから同一職場に勤務する被告渡辺が収納を兼ねた通勤に加害自動車を使用するようになつたのを知つて、同被告に通勤のための同乗を依頼したところ、被告は一旦同乗を断つたが同一職場に働き前記事情から原告を同乗させても特に負担がかからぬので被告会社の許可を受けることなく自動車通勤をするようになつて間もなく原告を事故発生に至るまで凡そ四ケ月半常時助手席に同乗させて通勤するようになつた。

(三) 被告会社には専門の自動車運転者は居らず本件加害自動車の錠は被告渡辺が保管して管理し被告会社の社長訴外藤岡某、製造部長中道某、営業部長西島某は原告及び被告渡辺の退勤時それぞれ二度程同乗し帰宅したこともあつたが原告の通勤のための同乗をとがめたことはなかつた。又訴外中道某は原告の所属部長の職にあつたが同訴外人は原告の同乗通勤の事情を十分知つていたが残業の多い原告の通勤の負担が軽減することにもなるのでこれを黙認し、原告の同僚もこれを知つて同乗通勤していても時に同乗出来ぬ時があつて、時折電車通勤用定期を購入していた原告にその必要はあるまいと考え昭和四四年五月分の社員の定期購入を一括購入する際原告の定期券は購入せず同月分の通勤手当は原告に支給されなかつた。

(四) 被告会社は昭和四一年七月車輛取扱規定を定め、就業規則と一括して全従業員にこれを配布し、原告もこれを受け取つていたが右取扱規定第一一条には「車輛は私用の為使つてはならない。止むを得ない事情のため私用に使わなければならない場合は所属部長又は総務部長の許可を得て行うこと。」と定められているが原告はこれを読んでいなかつた。

以上各事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

被告等は原告が通勤のため加害自動車に同乗したのは被告会社の業務執行とは関係なく且つ被告会社に無断で長期に亘つて通勤したものであつて、原告は加害車輛について運行を支配し且つ無償乗車による利益を受けていたものであるから「自己のため自動車を運行の用に供する者」に該当するというけれども、前記認定事実によれば原告に同乗したのは毎日自動車通勤する被告渡辺に同様同一場所に通勤する原告がその便を利用させてもらつたものであつて、通常の無償乗車とは異り、原告の所属部長も又原告の通勤の負担軽減にもなるので同乗通勤を黙認していたものであり、被告渡辺の加害自動車の利用も本来被告会社の自動車の収納の目的にあり、たまたま収納場所に被告渡辺が居住していたので通勤利用を許すとの名目で保管を被告渡辺に命じていたものであつて、右事実を合せ考えれば、被告渡辺の加害自動車の利用及び原告の同乗も主として被告会社の利益のためであり運行支配も被告会社にあつてこれをもつて被告会社の業務執行と無関係の無断、無償の同乗ということはできず、原告は被告会社に対して共同運行供用者ではなく自動車損害賠償保障法第三条の他人に該当するものといわなければならない。又原告は被告渡辺の助手ではなく通勤の便を利用させてもらつた同乗者に過ぎないから被告渡辺の運転について支配し得る地位にあらず被告渡辺に対しては民法第七〇九条の他人に該当することも明らかである。従つて被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、被告渡辺は民法第七〇九条により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

三、信義則違反の抗弁について

前記認定事実のとおり、原告は当初は被告会社の許可を得ることなく被告渡辺運転の加害自動車に同乗して通勤しはじめ長期に亘る通勤をしたが、原告の所属部長もその後事情を十分知つてこれを黙認し、被告会社の重役、部長もかえつて被告渡辺の退勤時に原告とともに同乗し退勤に利用したこともあるのであつて被告渡辺が断つても原告が執拗に同乗を要求した事実は認められず、被告会社としては自動車の取扱いについて監督不十分とさえいえる事情にあり、右事実から考えれば原告がすでに一部損害賠償を受けているからといつて被告会社は本訴請求を信義則違反ということはできない。又本件事故の態様は前記争いなき事実によれば被告渡辺の無理な追越し運転が原因となつて発生したものであつて、たとえ好意に同乗させたにせよ、他人が同乗している時には十分注意して自動車を運転すべきであるのに被告渡辺の過失は極めて重い事実からみて原告の被告渡辺に対する請求を信義則違反ということはできない。

四、過失相殺の法理適用及び準用の主張について。

原告が被告渡辺運転の加害自動車の助手席に同乗して通勤していたことは前記認定のとおりであるが、本件事故の原因が被告渡辺の無理な追越運転にあることは当事者間に争いなく、右事実よりすれば原告が助手席にあつたとしても何ら本件事故につき原因を与えたものではなく、一方的に被告渡辺の重過失によるものといわなければならず、原告には過失はない。従つて損害額認定につき過失相殺の法理の適用はできず、同乗者がある為運転者が注意散漫になる事実があるからといつて、本件事故が同乗者と無関係に発生したのに過失相殺の法理を準用することもできない。

三、慰藉料の算定について

前記認定のとおり原告の被告会社における勤務は残業も多く、残業時間も長く、原告の通勤は可成り負担になつていたので、その軽減をはかるために加害自動車に同乗していたものであつて、必ずしも原告が好んで同乗していたものとは思えず、又被告会社は被告渡辺に加害自動車運搬について手当を支給しないことからこれを私用に利用させたものというけれども、本来加害自動車の収納については業務の一部として手当を出すべきであるのに被告渡辺が収納場所に居住していることから、通勤に使用させることを名目に同被告に収納管理を命じ、手当を支給しなかつたものであり被害渡辺の右自動車運転は業務執行中とみられ、これに原告が同乗し通勤したものであり前記のとおり被告会社の役員は自動車管理の監督についても不十分で、遂に本件事故発生に至つたものであつて自動車管理及び管理者監督につき被告会社に責むべきところがあり、その事実及び原告が通勤のため同乗するに至つた事情を考えれば慰藉料減額につき原告の同乗通勤の事実を考慮すべきではない。

又被告渡辺の本件過失については前記のとおり極めて重い事実からみれば原告を好意で同乗させたことではあつてもこれを慰藉料算定につき考慮すべきではない (早船嘉一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!